一応、自己紹介的なこと(お仕事)

 アンケートの職業は、「会社員」です。既に30年を超えました。職種になると「IT関連」とかかなぁ。学校は理学部で、情報処理関連はほぼシロートの状態で就職しました。

 就職した際は、ミニコンを作っている会社だったのですが、そこで自社製のミニコンのプリセールスとかサポートみたいなことをしていました。間もなくOSにUNIXを使ったものを出し、その辺りから、設計の支援とか教育という様なことをしていたのですが、いつの間にか受託開発をする様になっていました。メーカーの工場のライン制御とか、ネットワークの中継とか、ミニコンらしいものでした。

 それでも、相手にしていたI/Oの方がどんどんインテリジェンスを付けて、制御の部分の要素が減り、所謂事務処理的側面が強くなっていきました。ライン制御にしても上位のホストから生産計画を受け取って、それを各機器に分配したり、生産現場への指示書を出したり、実績を集計してホストに送り返すという様に、直接に機器を制御することから主にデータを扱う様にと変化しました。そんなことから、RDBMSを扱うシステムというのが中心になっていきました。

 最初は、自社製のOS上の独自のRDBMSで、確かまだオプティマイザも無い様なものから始まり、Unify、Informix、Oracleという様なものを扱っていました。Oracleも今では12cですが、最初はV6でした。日本オラクルもまだできてすぐで、当時居た関西の支店なんて数人だったと思います。

 色んなものが、まだ今みたいに発達する前で、こんなに複雑ではなかった分、学びやすかったのかも知れません。UNIXにしても、最初に触ったのはSystemIIIで、SystemVにさえなってなかったもので、ベル研の白いマニュアルが数冊ついただけのものだったと思います。WindowシステムもまだOpenlookが出てくる前で、X-Windowをそのまま使う感じで、O'Reillyの洋書しか読むものも無かった時代です。Internetも未だ無くて、メールもJUNET配下でしたね。「ググれカス」なんて言葉も無い頃です。

 会社が大手SIerの子会社ということもあり、受託開発といっても決まった業種や業務が有る訳でもなく、販売管理システムを作っている最中に、次の生産管理の商談に行くという様な節操の無い感じでした。また、自社での開発メンバーは殆ど居なかったので実際は外部に頼る以外に無かったです。

 そこで、いわゆる業務知識も無いまま、顧客の要求を設計に変え、それを誰かに作って貰うという環境の中で、設計のドキュメントとして何が有ればできるだけ間違いなく効率的に進められるのかを悩むこととなりました。前述のRDBMSを使うにしても、その定義も主にワープロで書かれた定義表が中心の頃でした。自分で、キーとなる項目の関連を箱と線で書いてみることをしていたのが、既にER図というものが有るのを後から知ったのもその頃でした。

 大きな変化が有ったのは、「T字形ER設計技法」なるものを知ったことです。それとその後のオブジェクト指向を長年続けてきた同僚の影響で、現在に至る感じとなりました。その後は、データベース設計のためのデータモデリングから業務分析のためのデータモデリング、或いは短期で繰り返し型の開発手法などを教えるという様なことが中心となりました。こういった辺りを以後のブログで書いていこうかと思います。

 今は何の因果か、自社のサーバのお守をしたりしています。